2006年 9月 15日(金)           

資格の効用と取り方@
〜資格は生きるか〜

西山 昭彦


 資格を取ると、サラリーマン人生にどのようなプラスがあるか。たびたび聞かれる質問だ。社内、転職、独立の3つのケースで考えてみよう。

 社内にいる場合の資格には、資格があれば出世できるかというと、そんなことはない。資格と言うのはあくまで「出世の駄目押し要因」で、同じ能力だった場合にだけ資格を持っている人が優先される。

 仕事ができない人が資格を持っていても、「仕事もしないで資格の勉強なんかして」と逆に思われたりマイナスだ。資格が生きるのは、仕事ができる人が持ったときだけなのだ。

 次に、転職する場合は少し有利に働く。ただし、資格を二〇個も持っていてもマイナス。その場合、資格マニアと趣味として評価される可能性がある。

 では、どういう資格が評価されるかというと、自分の配属された部署の業務に関係する資格を取得しているのが一番いい。その場合、「この人は仕事をするだけでなく、基本的なバックボーンを固めていく。そういう自己マネージメントができる人」と見られ、高い評価を受ける。

 最後に、独立して自営する場合、資格はその人物のカテゴリーを証明するものになる。たとえば、○○製鉄の誰々なら、○○製鉄社員ということで、その行動が予測されるわけだが、辞めて一人になったら、それを証明するものがない。そういう時、資格があると、レベルが予測でき、人物評価がなされる。


2006年 9月 22日(金)           

資格の効用と取り方A
〜資格の効用〜

西山 昭彦


 筆者は、英検1級、国連英検特A級、宅地建物取引主任者、衛生管理者、危険物取り扱い主任者、余暇生活開発士などの資格をもつ。

 それで効用を考えると、資格は自分の仕事をある程度(全的ではない)補強する。全体的な理論、知識を吸収することができる。

 また、人はサボりやすいので、なにか目標が必要だ。資格試験は、自分を追い込む手段として有効で、スケジュール管理して取り組むようになる。

 しかし、受験勉強全部が役立つことはない。たとえば、宅建で覚える数字は、本来暗記してもしようがないもので、無駄も多い。

 とったことで、自信がつき、タイムマネジメントを含む自己管理ができるようになるメリットは、大きい。ひとつは、試しにやってみたらどうだろうか。


2006年 9月 29日(金)           

資格の効用と取り方B
〜資格の取り方〜

西山 昭彦


 どれをとるか決める場合、新資格は、ある程度保有者を増やし社会性を高める必要が有るので、相対的に有利。その資格の必要度が社会から要請されるときも同様だ。
 逆もいえる。受験者が急増し、合格者に限りがあるなら、難易度は増す。絶対基準であっても、問題を難しくして調整することは可能だ。
 受験対策は、はじめに全体のテキストをざっと読む。それからは、過去問題と対策を徹底的にやる。
 また、資格保有者に受験ノウハウを聞くか、体験記を読む。必要なら、通信教育やスクールに行く。
 なんといっても、サラリーマンは、時間管理がもっとも大事だ。週末の使い方がポイントになる。試験に強いか、弱いかもある。弱いなら、模擬など慣れで補強する。
 TACという人気の高い資格予備校によると、今人気がある資格は、税理士、社会保険労務士、フィナンシャル・プランナーなどだそうだ。あなたの選択はいかに。


2006年 10月 6日(金)           

資格の効用と取り方C
〜英語をどうするか〜

西山 昭彦


<いまだに有利>
 中高年の再就職先を探している会社では、「英語とパソコンさえできれば売れるんだけどな」という言葉をよく耳にする。今はTOEICが流行っている。受験やあるレベルの得点を社員に義務づけている会社もある。
 こうした動きは、どうしても加速する。それはホームページを見れば分かる。英語のホームページが圧倒的に多いから、それをパッと見て情報を即座に取れる人と、それがいやだから日本のホームページしか見ない人では勝負にならない。

<英語嫌いだった>
 私は中学時代に英文法と英作文が特に好きだった。しかし、英文読解は嫌いで、単語を覚えるのが大嫌いだった。 文法が好きだったので、文法のフレーズについては全部覚えてきた。そして大学受験が近づいたときに英単語を初めて本格的に覚えた。結局のところ文法と単語ができたので、英文読解も最終的にはほとんどできるようになった。
 大学時代に入ってからは再び英語、とくに英文解釈と英会話を避け、なるべくやらないようにした。「英語は学問ではない」、「単なる言葉なのだからネイティブの国に行けば子供でもだれでも話す。その程度のものに、大事な時間を費やすのは無駄だ」というふうに思ったのだ。
 その時間にほかの学問を学んだり、人生をエンジョイするほうが、はるかに有益に見えた。ただし、心の中で、「いつかやればまたできるだろう」という気持ちでいた。

<目覚める>
 ところが社会人になってあるとき、テレビを見ていたらサミット(先進国首脳会議)の映像が流れた。会議自体はそれぞれ通訳がついて行われていたのだが、昼休みに各国首脳が庭を散歩しているシーンがあった。そこで日本の首相、確か大平首相だけが会話に入れず、残りの人が談笑しながら歩いている1メートルぐらい後ろを、とぼとぼと下を向いて歩いていた。
 そのときにハッと電流が私の身体を流れた。今までの考えを根本的にかなぐり捨てたのである。「こんなことでは日本の将来はない。国際語の一つぐらい話せなくては国際社会でリーダーになることはありえない。それは政府でも民間でも行政でもすべて同じだ。語学ひとつできなくて何が国際化だ」というふうに思い直した。
 25歳から英語を本格的に再開した。まず受験英語のレベルに復帰するのに、その当時勉強した参考書を引っぱり出して読み返したり、単語を覚え直したりして、かなりの時間がかかった。それと並行して、夜間や週末に週1、2回、英会話学校に通った。
 英会話の文章をテキストで見ると、なんと簡単な文なのだろうと思うけれども、実際に話してみるとできないのでイライラする時期があった。そのころ夏休みは1週間取れたが、朝の10時から夕方5時まで、月曜から土曜まですべて英語学校で過ごしたこともあった。
 だんだん英会話もできるようになって、町にある英会話学校から本格的な英会話学校、留学準備のための英会話学校にクラスを移していった。3年間の苦闘でやっと国内ではある程度できるようになったのである(詳細は、拙著『30代から始める大人の勉強法』三笠書房)。

 英語の勉強は結構難しい。一年やったから英検一級が取れるわけないではないから、投資効果という点で問題があるのが現実だ。


2006年 10月 12日(木)           

資格の効用と取り方D
〜夜間大学院ってなに〜

西山 昭彦


<その歴史>
 日本でMBAを最初に取り入れたのは慶応ビジネススクール(KBS)である。全日制で開校して23年。教授によると、受講者の平均年齢が現在三〇歳で、そのうち六割が企業派遣、四割が自費だそうだ。開校時には企業派遣ばかりだったので、ものすごく大きな変化だ。
 企業側の受けも良く、希望先をこだわれば駄目だが、どこでもいいということだと、就職率は一応一〇〇%だそうだ。
 慶応と一橋以外は、多摩、日大、法政、関西学院、神戸など全部夜間大学院だ。夜間のほうが日本的にはあっている。
 学校だけのために退社して、もう一回就職市場に再参入するのはリスクが大きい。昼間は会社で働き、夜は大学院で勉強というのがいい。

<国内の大学院で充分>
 外国のMBAの評価が高いが、それは単に英語ができる点を重く見ているからだ。私は両方経験しているが、日本で充分だと思う。英語の本を一冊読むのと、日本語の本を一冊読むのと、どちらが時間が少なくてすむだろうか。当然、日本語のほうがたくさん読める。この違いが大きい。
 夜間に週二回しか通わなくても、多くを学べる(詳細は拙著『学歴改造のすすめ』中経出版)。
 これまでは、日本の企業では個人には難しい経営スキルが要求されなかったが、IT革命を中心に環境が激変しビジネスチャンスが変動すると、舵取りのスキルが重要になってくる。今初めてMBAの時代になったのではないかと思う。
 そのITについては、法政大学院がIT学科を設けている。法政は年間の授業料が二〇〇万円もするのに、応募者が多い。ITを完全にわかる人材が、確かに今強く求められていると感じる。
 ある企業で、ITに強いけど性格が暗い人がいて、昔は評価が低かったけど、それが今はトップに躍り出たという。他の会社でも、「ITのできる若い奴がいる。一人は持っていないと、心配でさ」と言う部課長が増えている。

<経験のメリット>
 大学院の経験者のほとんどが進学は有意義だったと述べている。資格を取ったからといって、現在の会社で処遇上のメリットはないが、進学後に様々な形で自分の評価を高めた人は少なくない。MBAを取ったことを生かしながら社内の人事異動を実現した人、また自分の専攻を生かして外資系に転職した人。
 大学院で学ぶメリットの第一は、異なったケースや事例を何度も分析していくので、自分なりの分析のフレームワークが形成されることである。たとえば、ある問題の重要ポイントを列挙する早さが他の人と違ってくる。原因と結果の分析、条件や仮説の立て方、結果の優劣の付け方がみにつく。これは仕事上で直面する問題の分析、論理的な思考、問題解決の正確さとスピードの向上になる。
 第2は、過去の蓄積のフォローができるようになることである。今自分がやっていることはほとんど過去に誰かがやったことである。しかし人はそれを調べるすべを持たないので、ゼロからやる場合が多い。何という無駄だろうか。
 過去が調べられたらどんな に楽だろう。大学院では少なくても、過去の蓄積を調べないと、論文としては評価されないので、 チェック法はいやがおうにも身に付く。このやり方は仕事でも生きてくる。